台所に立つことの動機は、やはり「お腹がすいた」、「おいしいものが食べたい」、それで十分なのだ。シャンソン歌手「藤原素子」が綴る、日々の、普通の食卓のレシピ

とりとめのない日常 その1

先日、ベトナムに行ってきた。年末カナダに行ったばかりだったので、出かけるときは同居してる猫の、眉間のシワがいつもより深かった。

名前をモトちゃんと言う猫。私がナルシストなのではなく、もらってきた時から私と同じ名前がついていた。本当は、フランス語で書くような、かっこいい名前を考えていたのに・・。私と同じ名前をつけられたせいか、おそろしく愛想のない猫に育ってしまったが、寒い朝には布団にもぐりこんできて、パジャマを舐めてくるときは、カワイイと思う。たぶん、お母さんのおっぱいを探してるつもりなんだろうな。この子の親は初産で、子供を放ってどこかへ行ってしまったらしい。お母さんのおっぱいを、一度くらい飲んだことがあるのかどうかもわからない。もらいに行った時に一緒だった他の4匹の兄弟も、今は一匹しかいない。それぞれの理由で死んでしまったらしい。猫を飼うのが長年の夢だったので、私はモトちゃんを正真正銘の「箱入り娘」に育ててしまった。

「またお出かけですかあ?」と言わんばかりの視線から逃れて成田へ。日本って、国際空港が遠すぎるのよね。私はこの間を利用して、普段の時間の感覚を忘れる練習をすることにしている。いったん日本から出たら、時計はあってないに等しいと思ったほうがいい。飛行機は遅れるものだし、道は混んでるし、待ち人は来ないに決まってる。だいたい海外に行く前には、ほとんど寝ないで仕事をすませるものだから、空港でボケーっと何もしないでいる時間もまたよし、なのである。

ボケーっとしているうちに離陸。ソウル経由でホーチミンへ(激安ツアーなのよね)。旅に出た実感がだんだんわいてきた。この暑さも久しぶり。もうそろそろ寒い冬にも飽きてたんだ。今年の日本は暖冬だって言ってたのに、大外れなんだもん。

ホテルと朝食だけのツアー。ひたすらうろうろ歩き回る。劇団の仲間と一緒だったので、けっこう安心して街歩きを楽しめる。東京の街も、それぞれの歩き方や速度があるような気がするけど、海外に行くと、その国の歩き方を覚えるまでが苦労でもあり、ひとつの楽しみでもある。いろんな建物とか、歩いてる人とか、においや空気とか感じながら、そのうちこっちも慣れてくるんだけど、けっこう緊張してるんだよね。一人だと全身コチコチになっちゃうもの。

そんなわけで、旅先では超熟睡。灯りを消してから3秒と記憶がない。もちろんこれは、ベトナムの時差が2時間しかないからなのよね。完全に昼と夜が逆転してる国に行くと、これがきびしい。特に最近はだんだん時差ぼけがきつくなってきて、眠れない夜と眠い昼にしばらく悩まされる。

この時見る夢がけっこうやっかいで、普段の生活から解放されているせいか、つらつらといろんな夢のオンパレードだ。自分では意識から排除しようとしているけど、実はこんなこと気にしてるんだってことが、ホントによくわかる。そして目覚めてそのことについてまた悩んだりして。寝ても覚めても旅は忙しい。

この前旅先でモトちゃんの夢を見た。モトちゃんが私にエサをやる夢。どうやら戦争で人間の経済が崩壊。人間は猫に養ってもらっているらしい。奇想天外な夢だけど、ひょっとして正夢かも?明日の朝は、私の方がモトちゃんの布団にもぐりこんでるかもしれない。

「戦争は政治だ」なんて普段は言ってるくせに、ベトナム戦争の傷跡なんかに触れると、やっぱり道徳で考えてしまう。そんな旅行から戻ったら、アメリカは戦争やる気まんまん。シャンソンよりもロックを歌って、反戦運動しようかしらん。新曲のタイトルは、「ノー・モア・パールハーバー」か、「リメンバー・ヒロシマ」。

こんなこと考えて暮らしています。



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